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世界で最も古い文字の一つが生まれた土地から、大帝国、イスラーム文明、そして現代へ。王朝と都の移り変わりを、地図と年表と写真でたどります。同じころの日本の時代もいっしょに見られます。
イラン高原は、メソポタミア、中央アジア、インド、地中海世界のあいだに広がっています。そのため、ここでは多くの王朝が生まれ、さまざまな民族や文化が出会いました。王朝が代わっても、ことばや詩、建築、暦などの文化は受け継がれ、少しずつ形を変えながら今に続いています。
スーサなどで使われた原エラム文字は、世界で最も古い文字の一つです。
アケメネス朝、パルティア、ササン朝が、1000年以上にわたって西アジアの大国でした。
イスラームを受け入れたイランは、学問や文学、建築でイスラーム文明に大きな役割を果たしました。
フェルドウスィーの『シャー・ナーメ』は、千年前のペルシア語で書かれ、今も読まれています。
下へ読み進めると、左の地図で都が移り、同じころの日本の時代が表示されます。年表の点を押すと、その時代へ移動します。
帯の長さは、それぞれの王朝が続いた年数です。9〜11世紀のように、いくつもの王朝が同時に並び立った時代もあります。いちばん下は日本の時代区分です。
帯を押すと、「時の旅」のその時代へ移動します。年代はおおよそのもので、始まりと終わりには諸説があります。
ササン朝の碑文には、すでに「エーラーン(イラン人の)」ということばが見られます。国際的には長く「ペルシア」と呼ばれましたが、1935年から「イラン」に統一されました。
フェルドウスィーが約30年をかけて完成させた叙事詩。神話の時代からササン朝の終わりまでの王と英雄の物語を、ペルシア語でうたいます。
サファヴィー朝は十二イマーム派のシーア派を国の宗教とし、それが今のイランにも受け継がれています。
立憲革命の結果、1906年に憲法と国民議会が生まれました。アジアでは、日本の大日本帝国憲法(1889年)などに続く早い時期の憲法です。
1979年4月1日(イラン暦1358年ファルヴァルディーン月12日)の国民投票でイスラーム共和国が成立し、この日は今も祝日です。
イランでは、春分の日に始まる太陽暦(ヒジュラ太陽暦)が公式の暦です。2026年3月に始まった年は1405年にあたります。
シルクロードの時代から近代まで、二つの国は少しずつ出会いを重ねてきました。
『続日本紀』には、遣唐使とともに「波斯人(ペルシア人)」の李密翳(りみつえい)が来日し、位を授けられたことが記されています。
正倉院に伝わる白瑠璃碗などのガラス器は、ササン朝ペルシアで作られたガラスと同じ系統と考えられています。
明治政府は1880年、吉田正春らの使節団をガージャール朝のイランへ派遣しました。両国の公式な交流の始まりとされています。
1929年、日本はテヘランに公使館を開き、外交関係が始まりました。2019年には樹立90周年を迎えています。
ことばを押すと、短い説明が開きます。