1880明治13年
明治の使節、ペルシアへ
国交の前の、はじめての公式な訪問。
外務省の吉田正春を団長とする一行が、ガージャール朝のペルシアを訪れ、国王ナーセロッディーン・シャーに謁見しました。このときは条約は結ばれませんでしたが、両国の公式な接触の始まりとされています。
19298月
日本の外務省は、この公使館の開設をもって外交関係の樹立としています。最初の特命全権公使が信任状を奉呈したのは、テヘランのゴレスターン宮殿でした。90周年の2019年には、同じ宮殿で記念行事が開かれました。
19307月
これで両国の首都に、それぞれの代表が置かれることになりました。
1939
日本外務省の二国間条約の一覧で、最も古いものがこの修好条約です。
1942–53
中断と再開
第二次世界大戦の影響で途絶え、1953年11月に再開。
1942年4月、第二次世界大戦の影響を受けて外交関係は断絶しました。戦後の1953年、交換公文によって国交は再開され、同年11月に正式に回復しました。
19552月
両国の関係は、大使を交換する最も高い段階に入りました。
1958
文化協定と国王の訪日
日本・イラン文化協定、経済技術協力協定を締結。5月には国王が訪日。
文化協定は、今も両国の文化交流の土台となっています。同じ年の5月、モハンマド・レザー・パフラヴィー国王が日本を訪れました。
196011月
皇太子同妃両殿下のイラン訪問
現在の上皇・上皇后両陛下がイランを訪問。
皇室とイランとの交流の一つとして、今も記憶されている訪問です。
1974
査証免除の取極
短期の往来で査証を免除する取極を締結。
人の往来が広がりました。この取極は1992年4月から一部が一時停止されています。
19789月
福田赳夫総理の訪問は、この後2019年まで、日本の首相によるイラン訪問として最後のものとなりました。
1979
革命のあとも続く友好
イスラーム共和国の成立後も、日本は関係を広げていく。
日本外務省は、革命後も日本が「伝統的友好関係」に基づいて二国間関係を拡大してきたと説明しています。1980年代以降、外務大臣や国会議長などの往来が続きました。
200010–11月
ハータミー大統領の訪日
イラン大統領が公賓として訪日。
「文明間の対話」を掲げたモハンマド・ハータミー大統領が日本を訪れ、両国の関係に新しい弾みがつきました。
2006–07
「ペルシャ文明展」
約7000年の歴史を伝える展覧会が日本5都市を巡回。
イラン国立考古学博物館などの約200点が、東京、愛知、北海道、福岡、大阪で紹介されました。
2009
日本では中曽根弘文外務大臣、イランではモッタキー外務大臣が出席し、両国で様々な文化交流事業が行われました。
2019
90周年 — 二つの首脳訪問
6月に安倍総理がテヘランを、12月にローハニー大統領が東京を訪問。
安倍晋三総理の訪問は日本の首相として41年ぶり、ハサン・ローハニー大統領の訪日はイラン大統領として19年ぶりでした。東京では2月に在京イラン大使館が記念行事を開き、8月にはテヘランのゴレスターン宮殿でプロジェクションマッピングの記念行事が行われました。
20298月
1929年8月の公使館開設から100年を迎えます。