
殉教一周年 · 2026 – 2027
ハーメネイー師
殉教一周年
アーヤトッラー・セイイェド・アリー・ハーメネイー師の殉教から、まもなく一年。ヒジュラ暦の命日(ラマダン月10日)と西暦・イラン暦の命日(2月28日・エスファンド月9日)を前に、日本からの追悼のことばを受け付けています。
FIRST ANNIVERSARY
二つの命日
殉教の日は、月の暦(ヒジュラ暦)と太陽の暦(イラン暦・西暦)の両方で記憶されます。2027年、二つの命日は11日離れて巡ってきます。
ヒジュラ暦の命日
- ヒジュラ暦1448年 ラマダン月10日
- イラン暦1405年 バフマン月28日
- 西暦2027年2月17日
ラマダン月の新月の観測により、1日前後することがあります。
西暦・イラン暦の命日
- イラン暦1405年 エスファンド月9日
- 西暦2027年2月28日
- ヒジュラ暦1448年 ラマダン月21日ごろ
この年の2月28日は、イマーム・アリーの殉教の日(ラマダン月21日)とほぼ重なります。
ヒジュラ暦の命日まで
—
· ウンム・アル=クラー暦による計算
西暦・イラン暦の命日まで
—
ヒジュラ暦の日付はイランの公式暦と1日ずれることがあります。2026年の殉教の日は、イランではラマダン月10日とされています。
ONE YEAR ON
あの朝から一年

2026年2月28日(ヒジュラ暦1447年ラマダン月10日)の朝、テヘランの指導者執務施設がアメリカとイスラエルのミサイル攻撃を受け、ハーメネイー師は殉教しました。86歳でした。ご家族や執務室の職員も犠牲となりました。
3月8日、専門家会議はアーヤトッラー・セイイェド・モジタバー・ハーメネイー師を第3代の最高指導者に選出しました。
2026年7月、テヘラン、コム、マシュハドなどで葬送が行われ、多くの人々が見送るなか、師は故郷マシュハドのイマーム・レザー聖廟に埋葬されました。
それから一年。学者として、読書人として、そして国の指導者として歩んだその生涯を、あらためて心に留めたいと思います。生涯については、特集ページで詳しくご紹介しています。
FAREWELL
別れの日々
2026年7月、テヘラン、コム、マシュハドでの葬送。写真を選ぶと大きく表示されます。
BOOK OF CONDOLENCE
オンライン追悼録
殉教一周年にあたり、追悼のことばをお寄せください。日本語・英語・ペルシア語のいずれでも書いていただけます。お寄せいただいたメッセージは、大使館とイラン文化センターがお預かりします。
- メッセージは自動では公開されません。スタッフが確認したものだけをこのページに掲載します。
- 掲載されるのはお名前・都市/国・メッセージだけです。メールアドレスは公開しません。
- 送信後、確認メールが届きます。
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