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こんにちは、イラン
IraNippon特集 · 祝祭
分かち合う日、<br><em>受け継ぐ日</em>

EID AL-ADHA · EID AL-GHADIR

分かち合う日、
受け継ぐ日

巡礼の月ズー・アル=ヒッジャには、二つの大きな祝日があります。10日の犠牲祭(イード・アル=アドハー)と、18日のガディールの祭り。メッカの巡礼から、イランの街角で人々が食卓を囲む光景まで、二つの祝祭をたどります。

9アラファの日
10犠牲祭
18ガディールの祭り
632ガディール・フンムの出来事
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DHU AL-HIJJA

巡礼の月に、二つの祝祭

ヒジュラ暦(イスラームの太陰暦)の最後の月、ズー・アル=ヒッジャは「巡礼の月」という意味です。毎年この月の8日から13日にかけて、世界中のムスリムがメッカに集まり、大巡礼(ハッジ)を行います。2026年のハッジには約170万人が参加しました。

巡礼の頂点であるアラファの日(9日)の翌日が犠牲祭です。巡礼に行かない人々も世界各地で祝い、羊などを捧げて肉を家族や隣人、困っている人々と分かち合います。そして8日後の18日、シーア派のムスリム、とくにイランの人々が大切に祝うのがガディールの祭りです。

IN NUMBERS

数字で見るズー・アル=ヒッジャ

1.7百万人2026年のハッジ巡礼者1,707,301人(サウジアラビア統計総局)
6日間ハッジの儀礼ズー・アル=ヒッジャ月8日〜13日
8日犠牲祭からガディールまでイランでは「イマーマとヴェラーヤトの十日間」として祝われます
10kmテヘランのガディールの食卓2026年はイマーム・ホセイン広場からアーザーディー広場まで

THE HAJJ

六日間の巡礼をたどる

巡礼者は同じ白い衣をまとい、預言者アブラハム(イブラーヒーム)とその家族の物語をなぞるように、メッカとその周辺を移動します。

  1. メッカ · イフラーム白い衣をまとい、カアバを巡る(タワーフ)
  2. 8日 · ミナーテントの町で祈りの一夜
  3. 9日 · アラファート正午から日没まで、祈りの中に立つ
  4. ムズダリファ星空の下で一夜を過ごし、小石を集める
  5. 10日 · ミナー石投げ、犠牲、髪を剃る・切る
  6. 11〜13日ミナーに留まり、タワーフとサアイで巡礼を終える
アラファートの「慈悲の山」に集う巡礼者
アラファートの「慈悲の山」に集う巡礼者

アラファの日(9日)はハッジの中心です。預言者ムハンマドは632年の「別れの巡礼」で、この地から人々に語りかけたと伝えられます。巡礼に行かない人にとっても祈りの日で、イランではイマーム・ホセインに由来する「アラファの祈り(ドアーエ・アラフェ)」を、モスクや聖廟、野外に集まって読み上げます。

巡礼者のなかには、一生に一度の旅を終えて帰国した人を「ハージー」と呼んで迎える習慣が多くの国にあります。イランでも親族や近所の人が家を飾り、帰ってきた巡礼者を祝いの食事で迎えます。

THE STORY

アブラハムの物語

犠牲祭とハッジの儀礼の多くは、ユダヤ教・キリスト教とも共有される預言者アブラハムの物語に結びついています。

カアバを建てる
01

カアバを建てる

アブラハムとイシュマエル

クルアーンは、アブラハムと息子イシュマエル(イスマーイール)がカアバの土台を築き、「主よ、わたしたちから受け入れてください」と祈ったと語ります。巡礼者が今も回るのは、この「神の家」です。

02

ハージャルの水

サファーとマルワの間

伝承では、乳飲み子イシュマエルのために水を求めた母ハージャル(ハガル)が、サファーとマルワの二つの丘の間を七度往復し、やがてザムザムの泉が湧いたとされます。巡礼の「サアイ」は、この母の歩みをなぞるものです。

夢と身代わり
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夢と身代わり

犠牲祭の由来

アブラハムは息子を捧げる夢を見て、息子もそれを受け入れます。しかしその瞬間、神は「大いなる犠牲」によって息子を贖いました。クルアーンは息子の名を記していませんが、ムスリムの多くはイシュマエルと理解しています。

犠牲祭の犠牲は、この信頼と服従の物語を記念するものです。

وَفَدَيْنَٰهُ بِذِبْحٍ عَظِيمٍ
(意味)神は大いなる犠牲によって、その子を贖われた。
クルアーン 37章107節(意味の説明)

EID AL-ADHA IN IRAN

イランの犠牲祭

イランでは「エイデ・ゴルバーン」と呼ばれ、国の祝日です。

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朝の祈り

朝、モスクや広場で特別な礼拝(イードの礼拝)が行われます。

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犠牲

家庭ごとに羊などを捧げます。慈善団体に託して代わりに行ってもらう人も増えています。

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肉を分ける

肉は家族、親戚や隣人、困っている人に分けるのがよいとされ、三つに分ける習わしが広く知られています。

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巡礼者を迎える

巡礼から帰る家族のために家を飾り、食事を用意して迎えます。

لَن يَنَالَ ٱللَّهَ لُحُومُهَا وَلَا دِمَآؤُهَا وَلَٰكِن يَنَالُهُ ٱلتَّقْوَىٰ مِنكُمْ
(意味)神に届くのは犠牲の肉や血ではなく、あなたがたの敬虔な心である。
クルアーン 22章37節(意味の説明)

GHADIR KHUMM · 632

ガディール・フンムの出来事

同じ出来事を、スンナ派とシーア派はそれぞれの仕方で受け止めています。ここではシーア派の理解を中心に、両派の見方を紹介します。

6323月

別れの巡礼

預言者ムハンマドの生涯最後の巡礼。

ヒジュラ暦10年、預言者は多くの信徒とともにメッカで巡礼を行いました。これが生涯最後の巡礼となり、「別れの巡礼」と呼ばれます。

18日

ガディール・フンムで

帰路、人々を水場に集める。

メディナへの帰り道、人々が別々の方角へ分かれる手前のガディール・フンムで、預言者は隊列を止め、先に進んだ人を呼び戻し、遅れた人を待ったと伝えられます。

説教

アリーの手を掲げて

「わたしをマウラーとする者は、アリーをマウラーとする」

預言者は説教の中で、娘婿でいとこのアリー・イブン・アビー・ターリブの手を取って掲げ、この言葉を述べたと伝えられます。この伝承(ガディールのハディース)は、スンナ派・シーア派の双方の伝承集に記録されています。

二つの理解

「マウラー」の意味

主人・後見人・友 — 幅の広いことば。

シーア派は、この言葉を預言者がアリーを自らの後継者・共同体の導き手(イマーム)に任じた宣言と理解します。スンナ派の多くは、アリーへの敬愛と支持を求めた言葉と理解し、後継の指名とは考えません。どちらの立場もアリーを深く敬う点では一致しています。

シーア派の伝承では、この日にクルアーン5章3節「今日、わたしはあなたがたのために宗教を完成させ……」が下されたとされます。スンナ派の多くの伝承は、同じ節を別れの巡礼のアラファの日に結びつけています。どちらにとっても、この巡礼が預言者の使命の締めくくりであったことに変わりはありません。

シーア派にとってガディールは「すべての祭りのなかで最も大きな祭り」とも呼ばれ、イランではサファヴィー朝の時代(16世紀初め)から公的な祝日とされてきました。

ٱلْيَوْمَ أَكْمَلْتُ لَكُمْ دِينَكُمْ وَأَتْمَمْتُ عَلَيْكُمْ نِعْمَتِى وَرَضِيتُ لَكُمُ ٱلْإِسْلَٰمَ دِينًا
(意味)今日、神は人々のために宗教を完成させ、恵みを全うし、イスラームを宗教として選ばれた。
クルアーン 5章3節(意味の説明)

EID AL-GHADIR IN IRAN

イランのガディール

「ヴェラーヤト(導き)の祭り」とも呼ばれるこの日、イランの街は緑の旗と灯りで飾られます。

サイイドを訪ねる
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サイイドを訪ねる

「サイイドの祭り」

預言者の子孫(サイイド、ペルシア語でセイイェド)の家庭を訪ね、祝いのことばを交わすのがイランの習わしです。迎える側は菓子と紅茶でもてなし、「エイディー(お年玉のような祝い金)」を手渡します。もらった紙幣は縁起物として使わずに大切にしまっておく人も少なくありません。地方によってはこの日を「サイイドたちの祭り」と呼びます。

10キロの食卓
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10キロの食卓

テヘランの街がひとつのもてなしの場に

近年のテヘランでは「10キロのガディールの宴(メフマーニーエ・ダフ・キーローメトリー)」が開かれます。大通り沿いに10キロにわたって屋台や休憩所が並び、人々が無料で飲み物や料理、菓子を配ります。2026年6月4日には、イマーム・ホセイン広場からアーザーディー広場までが会場となり、国内の多くの都市でも同じ催しが行われました。

食事をふるまう
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食事をふるまう

家庭、モスク、ホセイニーエで

ガディールの日に人々に食事をふるまうことは、よい行いとして伝えられてきました。家庭やモスク、ホセイニーエ(集会所)で料理が用意され、近所の人や通りがかりの人にも分けられます。

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兄弟の契り

二人の信徒が右手を取り合い、互いを兄弟姉妹として結ぶ「兄弟の契り」を交わす習わしもよく知られています。

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国の祝日

犠牲祭とガディールはどちらもイランの国の祝日です。二つの祭りの間の日々は「イマーマとヴェラーヤトの十日間」と呼ばれます。

06

祝いのことば

ペルシア語では「エイデ・ガディール・モバーラク(ガディールおめでとう)」、犠牲祭には「エイデ・ゴルバーン・モバーラク」と言います。

DATES

次の祝祭はいつ?

アラファの日(ズー・アル=ヒッジャ月9日)

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犠牲祭(ズー・アル=ヒッジャ月10日)

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ガディールの祭り(ズー・アル=ヒッジャ月18日)

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ウンム・アル=クラー暦による計算です。月の観測により、イランや日本のモスクでは1日前後することがあります。

FAQ

よくある質問

祝日の日付が毎年変わるのはなぜですか?
ヒジュラ暦は月の満ち欠けにもとづく太陰暦で、1年が約354日です。そのため西暦では毎年およそ11日ずつ早まります。
ハッジとウムラの違いは?
ハッジは決まった日(ズー・アル=ヒッジャ月8〜13日)に行う大巡礼で、条件を満たす人の一生に一度の務めです。ウムラ(小巡礼)は一年中いつでも行うことができます。
ムスリムでない人もメッカに行けますか?
メッカの聖域にはムスリムのみが入ることができます。
スンナ派もガディールを祝いますか?
ガディールの伝承そのものはスンナ派の伝承集にも記録されていますが、この日を祭りとして祝うのは主にシーア派です。犠牲祭は両派共通の祭りです。
日本でも犠牲祭は祝われますか?
はい。日本各地のモスクでイードの礼拝が行われ、ムスリムの家庭や共同体が食事を囲んで祝います。
犠牲の動物はどのように扱われますか?
健康な動物を選び、苦痛をできるだけ与えない方法で、神の名を唱えて屠ることが定められています。肉は捨てずに分かち合います。