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東大寺の宝庫・正倉院には、はるか西のイラン高原につながるガラスの碗や水差し、楽器や文様が伝わっています。1,200年以上、土に埋もれることなく守られてきた「シルクロードの終着点」を、ペルシアの側から歩きます。
奈良・東大寺の大仏殿の北西に建つ、木造の大きな宝庫です。聖武天皇(しょうむてんのう)の遺愛の品を、光明皇后(こうみょうこうごう)が大仏に納めたことから宝物の歴史がはじまりました。
なぜ「ペルシア」なのか。宝物の多くは唐(中国)や日本でつくられたものですが、中にはササン朝ペルシア(3世紀〜651年)とその後の西アジアにつながる素材・かたち・文様が見られます。その多くは唐を経て届いたもので、ペルシアの人が直接運んだとは限りません。それでも、ユーラシアの西と東が一つの網の目でつながっていたことを、正倉院は今に伝えています。
一本の「シルクロード」ではなく、陸と海の多くの道がつながった網の目でした。ガラスの碗が奈良に着くまでの道を、スクロールでたどってみましょう。
宮内庁正倉院事務所の解説をもとに、ペルシアや西アジアとのつながりが語られる宝物を選びました。カードを押すと説明が開きます。
口径12.0cm、高さ8.5cm、重さ485g。透明でごくうすい褐色のガラスの外側を、円い切子(カット)が亀甲つなぎのように覆います。宮内庁正倉院事務所は、ササン朝ペルシアで作られたものといわれる、と解説しています。
※ 立体は、公開されている寸法と切子の配置をもとに描いた説明用の模型です。
同じ技法でつくられたササン朝のカットグラスでも、たどった道で姿はまったく違います。
宝庫の中で1,200年以上大切にされてきたため、いまも透明なまま。土に埋もれることなく伝世したササン朝系のガラスは、世界的にもきわめてまれです。
イランで出土した同じ形式の碗。長い年月、土の中で水分と反応して表面が風化し、虹色の膜(銀化)に覆われています。切子の並びは正倉院の碗とよく似ています。
ものそのものだけでなく、「かたち」や「文様」も旅をしました。左右を見比べてみてください。
宝物は毎年入れ替わりで公開されます。どの宝物が出るかは、その年の発表を確かめてください。
毎年秋、奈良国立博物館で開かれる展覧会。2026年の第78回正倉院展では、漆胡瓶と白瑠璃瓶が出陳されました。
東大寺の北西にある宝庫の建物は、定められた日に外から見学できます。
テヘランのイラン国立博物館や、ガラス・陶器博物館(アーブギーネ博物館)では、ササン朝の時代を含むイランのガラスを見ることができます。
写真を押すと大きく表示されます。
ことばを押すと、短い説明が開きます。